人が住むかは、魅力では決まらない
連載 地方の土台 / 第2回
人が住むかは、
魅力では決まらない
東京の条件を並べると、けっこう悲惨だ。それでも人は集まる。なぜか。
前回の結論はこうだった。発信は成功している。ただし人口には効いていない。じゃあ人は何を見て住む場所を決めているのか。今回はそこを掘る。
東京はそんなに魅力的か
まず前提を疑いたい。人が東京に集まるのは、東京に魅力があるからなのか。
家賃は高い。部屋は狭い。通勤電車はひどい。空も狭いし、自然もない。人は冷たいと言われ、子育てはしにくいと言われる。条件だけ並べたら、住みたい場所の条件をほぼ全部外している。
それでも人は集まる。ということは、人が動く理由は「魅力」ではない。少なくとも、パンフレットに載るような魅力ではない。
東京にあって地方にないのは、選択肢の数だ。仕事が合わなければ次がある。辞めても同じ職種の求人が何百とある。事業に失敗しても、もう一回できる。変な趣味を持っていても、同好の人間が数百人見つかる。要するに、やり直せる回数が多い。
……というのが、私が地方に来る前に考えていたことだった。実際に住んでみて、これは半分しか合っていないと気づいた。やり直せるかどうかの前に、一回目が成立するのかという段階がある。
皮膚科が歩いて行ける、という当たり前
東京にいたころ、地元には皮膚科が腐るほどあった。歩けば皮膚科があり、歯科があった。合わなければ次に行けばいい。それを恵まれていると思ったことは、一度もない。空気みたいなものだった。
地方に来て、皮膚科は車で15分に一軒になった。待ち時間は数時間。評判が良いとも言えない。そこが合わないとなると、隣町まで行くことになる。産科でもトラブルがあった。
そこで初めて気づいた。医療がまともに受けられるかどうかは、生活の質の問題じゃない。生活が成立するかどうかの問題だ。
とはいえ、これは移住者の愚痴に聞こえるだろう。だから数字を並べる。
実感のほうが、正しかった
厚労省の統計をもとにした日本医師会総合政策研究機構の分析では、皮膚科は「東京都一極集中」が地域偏在の特徴として名指しされている。愚痴ではなく、統計上の現象だった。
日本医療・病院管理学会誌の研究はもっと直接的で、外科・皮膚科・眼科・産婦人科を「都市と地方で格差拡大が顕著、かつ身近にあることが必要な診療科」として挙げている。近所にある必要がある科ほど、地方から先に消えている。
右の数字が個人的にはいちばん効いた。県単位の平均では、この話は見えないのだ。秋田県全体の人口10万人対医師数は全国平均を十数人下回る程度で、順位は30位。ひどい数字には見えない。ところが県内を割ると2.5倍の差が出る。
「地方は医師が少ない」ではなく、地方の中でさらに一極集中が起きている。そして県平均を見ている限り、この構造は永遠に可視化されない。
しかも、なくなるときは施設ごとなくなる。北秋田地域で唯一分娩を扱っていた病院は、2025年度から分娩の取り扱いをやめた。だんだん不便になるのではない。ある日、ゼロになる。ゼロになった町で子どもを産むという選択は、もう「不便」ではなく「不可能」だ。
仕事の数は足りている。中身が足りない
ここで、意外な数字を先に出しておく。求人の「数」で言えば、地方は不足していない。
2026年2月の有効求人倍率は、全国1.19、秋田県1.22。東京都は1.73と突出しているが、秋田も全国平均を上回っている。数字だけ見れば、仕事はある。むしろ人手が足りない。
それでも、地方の求人票を眺めていて、私は「東京の会社にリモートで勤める以外に道はない」と感じた。月20万円がアベレージ。手取り13万円で暮らしている人が、ここには普通にいる。東京では聞いたことのない数字だった。
最低賃金をフルタイム月給に換算すると
2025年度(令和7年度)地域別最低賃金。年間所定労働日数249日・1日8時間で月額換算。東京と秋田の差は月32,370円、年38.8万円。
効いてくるのは金額だけではない。2025年度の改定は、発効日が都道府県でばらけた。最も早い栃木県が2025年10月1日、最も遅い秋田県は2026年3月31日。同じ年度の引き上げなのに、秋田で働く人は半年近く、改定前の水準のままだった。上がる額も低く、上がる時期も遅い。二重で置いていかれる。
倍率で見れば選択肢はある。中身を見ると、選ぶに値するものが少ない。この条件で20万円の求人票を眺めて、35年後の自分を計算する。そこに希望を見出せというのは、さすがに無理がある。
ハーズバーグを、生活に当てはめる
ここまでの話を、うまく整理してくれる理論がある。ハーズバーグの二要因理論だ。
フレデリック・ハーズバーグは、仕事の満足と不満足は同じ軸の上にない、と言った。給与や労働条件、人間関係といった衛生要因は、満たしても満足にはならないが、欠けると強烈な不満になる。達成感や承認、成長といった動機づけ要因は、その上に積んで初めて人を動かす。
これを、仕事ではなく生活に当てはめてみる。
生活の二要因
地方が発信しているものを並べると、見事に全部が上の段だ。景色、食、人の温かさ、挑戦できる環境。眠っている魅力の掘り起こしも、伝統の再評価も、外の目による再発見も、全部この段に載る。
悪いものではない。むしろ本物だと思う。ただ、上の段は土台の代わりにならない。皮膚科に数時間並ぶ。分娩できる病院が町から消える。求人票の上限が20万円で、手取りが13万円になる。この状態で「ここには挑戦の余白がある」と言われても、まあ、耳に入らない。
生活が脅かされている人間に、機会の話は届かない。
地方創生は、間違っていない。順番が違う
ここまで書くと「地方創生なんてやめろ」と言っていると思われそうだが、そうではない。やっていること自体は、だいたい正しい。移住相談も、返礼品も、関係人口も、それぞれ意味がある。
おかしいのは順番だ。土台が抜けたまま、上物の話から始めている。基礎工事の前に外装の色を決める会議をしているようなもので、どれだけ良い色を選んでも建たない。
じゃあ土台をどうつくるのか。ここで必ず出てくるのが「起業支援」だ。新しい会社が生まれれば雇用が生まれ、賃金も上がるはずだ、と。
その話を、次回にする。先に結論だけ言うと、あれでは土台はできない。
地方創生は、間違ったことをやっているのではない。 順番を間違えている。
出典:厚生労働省「令和7年度 地域別最低賃金 全国一覧」/同「一般職業紹介状況」(2026年2月・季節調整値)/同「医師・歯科医師・薬剤師統計」/秋田県「あきたの医療情報 みてたんせ」/日本医師会総合政策研究機構 リサーチレポートNo.113/日本医療・病院管理学会誌 第55巻1号/日本農業新聞・秋田魁新報の各報道。月額換算は年間所定労働日数249日をもとにした試算。