コラム / 地方で商売をするということ
コラム / 地方で商売をするということ
憧れの地方でカフェをやると、
月いくらになるのか
あの写真は、地方で撮られていない。
人口と支出を掛け算すると、店の天井は開ける前に決まっている。
この手の写真が、どこで撮られているかを調べた。
保存フォルダに入っていないだろうか。海が見えるカフェの写真。古民家をリノベーションした、床が飴色の店。窓の外に畑が広がっていて、看板は手書きで、犬が寝ている。
いつか、あんな店をやりたい。
その写真、どこで撮られたか調べたことはあるだろうか。私は調べた。何十枚も、撮影地を追いかけた。そうしたら、笑ってしまうくらい単純な共通点が出てきた。
先に結論を言っておく。あの写真の大半は、大都市から車で1時間以内の場所で撮られている。なぜそうなるのかを、この記事では数字で追いかける。
店の売上には、開店する前から上限が決まっている
身も蓋もない話から始める。
地域で店を出すとき、その店が到達できる売上の上限は、店を出す前から決まっている。メニューでもなく、接客でもなく、努力でもない。その土地に何人住んでいて、その人たちが年間いくらそのジャンルに使うか。掛け算をすれば天井の高さが出る。
これは感覚論ではなくて、ちゃんと研究されている領域だ。
古典は中心地理論。ドイツの地理学者クリスタラーが1930年代に組み立てた枠組みで、財やサービスごとに「最小必要需要量(成立に必要な人口の下限)」と「到達範囲(客が来てくれる距離の上限)」があるとする。コンビニと大学病院で商圏の大きさがまるで違う理由は、これで説明がつく。
実務寄りの道具としてはハフモデルがある。売場面積と距離から「この店に客が来る確率」を推定するもので、日本では修正ハフモデルが大規模小売店舗法の出店審査で行政に使われていた。行政が出店の可否を判断するために使っていた計算式が、そのまま個人の出店判断にも使える。
商圏人口 × 1人あたり年間支出 × 取れるシェア
= 売上の上限
最後の「取れるシェア」の目安には、日本の中小企業経営でおなじみのランチェスターの市場シェア理論が使われることが多い。地域一番店で約42%、独占状態で約74%。つまり、どれだけ頑張っても市場の4割強が現実的な上限だと考える。
データは全部タダで手に入る。市町村ごとの人口と消費は経済産業省のRESASで見られるし、2026年1月には「地域ビジネス環境分析」というメニューが追加されて、市区町村を選ぶだけで将来人口・業種別事業所数・住民の消費状況がまとめて出るようになった。任意の半径で商圏人口を切りたければ、e-StatのjSTAT MAPがある。ID登録も不要で、全部無料だ。
調べればわかる。それなのに、店を出す前に調べる人がほとんどいない。
まず、自分の住んでいる街でやってみる
私が住んでいるのは秋田県大仙市だ。花火で知られる大曲がある街。人口77,657人、65歳以上が38%。
まず、器の大きさから見る。家計調査2025年平均の消費支出は、二人以上世帯で月314,001円。平均世帯人員2.87人で割ると1人あたり年131万円。人口に掛けると、大仙市の家計消費は年約940億円。市内のスーパーも飲食店も美容室もガソリンスタンドも、全部あわせて奪い合っている総額がこれだ。通販や秋田市への流出があるので、実際に市内に落ちるのは7〜8割といったところだろう。
次に外食に絞る。一般外食の1世帯あたり年間支出は179,992円。1人あたりに直すと6.3万円。人口を掛けて、飲食店の数で割る。
月124万円。ここで一度止めておく。この数字から、家賃を引いて、人件費を引いて、材料費を引いたら何が残るのか。それは各自で計算してほしい。
しかも、これは2020年の国勢調査人口での計算だ。大仙市の住民基本台帳人口は2026年6月末で71,484人まで減っている。実際の天井は、この1割下だ。
ついでに理美容もやっておく。理髪5,111円+パーマ2,231円+カット7,133円で、1世帯あたり年14,475円。市全体で約4.5億円。ここに理容室と美容室が数十軒入っている。
これが、何もない地方都市の実寸だ。
憧れの正体は、天神から30分だった
福岡県糸島市。「地方移住してカフェ」の代表格。
では、憧れの側を見る。
「地方移住してカフェ」の代表格として、福岡県糸島市を選んだ。海沿いのカフェ、夕日、ヤシの木のブランコ。あの手の写真を検索すると、かなりの確率でここが出てくる。
人口98,877人、65歳以上は30%。大仙市より人口が多くて、若い。ここまでは予想どおりだ。
ところが飲食店の数は308店。大仙市の328店より少ない。あれだけ「カフェの街」と言われているのに、店の数では負けている。住民の外食市場は年62.3億円で、1店あたり月169万円。大仙市の1.4倍だが、この差は人口と年齢構成で説明がついてしまう。
本題はここからだ。
700万人が1人1,000円落とすだけで70億円。住民市場とほぼ同じ規模が、まるごと上乗せされる計算になる。
その700万人はどこから来ているのか。天神からJR筑肥線で筑前前原駅まで約30分。背後に福岡市160万人がいて、車で気軽に来られる距離にある。就業者46,685人のうち20,616人が、毎日その福岡市へ通っている。
糸島のカフェは「地方のカフェ」ではない。
福岡市の郊外レジャー施設である。
海が見えるのはコンテンツだ。事業構造は都市近郊型で、鎌倉も葉山も軽井沢も、根っこは同じものを持っている。あの写真は「地方」で撮られているのではなく、「大都市の週末の行き先」で撮られている。
では、秋田の海と湖ならどうなのか
秋田にも絵になる場所はある。男鹿半島・入道崎。
男鹿半島の入道崎。仙北市の田沢湖と角館。海があって、湖があって、桜がある。同じ計算をしてみた。
| 大仙市 | 男鹿市 | 仙北市 | 糸島市 | |
|---|---|---|---|---|
| 人口 | 77,657 | 25,154 | 24,610 | 98,877 |
| 65歳以上比率 | 38% | 47% | 43% | 30% |
| 飲食店数 | 328 | 96 | 153 | 308 |
| 住民の外食市場 | 49億円 | 16億円 | 16億円 | 62億円 |
| 1店あたり月商 | 124万 | 137万 | 84万 | 169万 |
※人口・飲食店数は総務省統計局「統計でみる市区町村のすがた2026」。外食市場は家計調査の1人あたり支出6.3万円で換算。
仙北市が最下位になる。
角館と田沢湖と乳頭温泉を全部抱えている街が、住民市場だけで見ると県内最低クラスの月84万円。大仙市より4割も低い。
理由は単純で、観光地だから店が多いのだ。人口24,610人に対して飲食店153店。大仙市が77,657人に328店なので、人口あたりの店密度は倍以上ある。観光客がいる前提で店が並んでいるから、地元の人だけでは全然回らない。
「観光地なら安泰だろう」という直感は、ここで裏切られる。
「経済効果◯◯億円」という数字の罠
では、観光客を足せば逆転するのか。令和6年秋田県観光統計によれば、県全体の観光入込客数は3,081万人地点、観光消費額は1,384億円。市町村別の入込客数シェアで按分すると、こうなる。
※県全体1,384億円を市町村別入込客数のシェアで按分した概算。
仙北市は住民市場16億円に対して観光164億円。10倍だ。数字だけ見れば、圧勝に見える。
ここに罠がある。
仙北市の観光消費が大きいのは、乳頭温泉郷、玉川温泉、田沢湖高原温泉郷という宿泊施設群があるからだ。164億円の大半は旅館とホテルのレジに入る金であって、カフェには落ちない。カフェが狙えるのは、日帰り客の8,069円のうち飲食に回る分だけ。しかもその中で他の飲食店と取り合う。
大曲の花火も同じ構造だ。2023年大会は総観客60万人、経済効果129億2000万円と発表された。大仙市の年間家計消費が940億円だから、1日のイベントでその14%相当。とんでもない数字に見える。
だが「経済効果」は産業連関表による波及効果の推計であって、県内への波及も宿泊も交通費も全部含んだ数字だ。あなたの店の売上ではない。ニュースで「経済効果◯◯億円」と流れたときは、まずこれを疑ったほうがいい。
一方で、仙北市の角館の桜まつりは令和6年で来場者86万4千人。こちらは日帰りが中心で、飲食に回る比率も高い。狙う価値はある。ただし4月から5月に集中する。
地方の店は、3タイプしかない
「4月から5月に集中する」と書いた。どのくらい集中するのか、月別の入込客数を並べてみる。
※令和6年秋田県観光統計「市町村別・月別観光地点等入込客数」より。
仙北市は4月に100万1,384人。12月は10万7,993人。9倍の変動がある。桜が散った5月で早くも4割弱に落ちて、冬は完全に沈む。大仙市はほぼ平ら。8月だけ33万人に跳ねているのが花火だ。それ以外の11か月は、住民しかいない。
ここまでの数字を並べると、地方の店は3つのタイプに分かれる。
糸島型 ── 都市近郊
背後に大都市がある。平日は住民、休日は都市部からの客。日常商圏そのものが大きいので、通年で回る。鎌倉、葉山、軽井沢、湘南。憧れの写真の大半はここで撮られている。ここで成立した業態を、他の型に持ち込むと死ぬ。
仙北型 ── 純観光地
住民市場は県内最低クラス。売上は桜と温泉に集中し、11月から3月はほぼ死ぬ。年間平均の月商で事業を判断してはいけない型で、「4月〜10月で年間の8割を稼ぎ、冬は畳む」という設計が要る。冬に何をするかを決めずに始めると、2年目の2月に資金が尽きる。
大仙型 ── 住民のみ
観光の上乗せがほとんどない。月124万円という平均が、そのまま実態に近い。地味だが、季節変動が小さいぶん読みやすい。ここで生き残る店は、住民の日常に食い込んでいる店だ。
男鹿市はこの中間にあたる。入込客207万人のうち、道の駅おが「オガーレ」が64万人、男鹿水族館GAOが18万人、なまはげ館が12万人。客が特定の1箇所に集中していて、市内に散らばっていない。オガーレの近辺以外に出しても、その64万人は1人も来ない。同じ市内でも、道を1本外すと大仙型になる。
あなたの出したい街は、どれだろうか。
この数字は、銀行に出す計画書に使える
ここまで読んで気が滅入った人がいるかもしれないが、この計算には実務上の使い道がある。地銀や日本政策金融公庫に出す事業計画書だ。
売上根拠の欄には、積み上げを書く。席数×回転数×客単価×営業日数。これが本体だ。市場規模はその横に「検証」として置く。積み上げた売上が、市場全体の何%に収まっているか。この形にすると、積み上げと市場規模がお互いの裏付けになる。
ただし注意がある。計画の売上が地域平均を大きく超えているなら、審査担当は必ず「なぜこの店だけ超えるのか」と聞いてくる。自分で不利な基準線を引くことになるのだ。
逆に言えば、その質問に答えを用意できるなら最強の構成になる。市場が小さいことを先に認めたうえで、だからこうやって越える、と書いてある計画書は、市場を大きく見せようとする計画書よりはるかに通る。審査する側は毎日、市場を大きく見せる計画書を読まされている。
使う前に、数字の弱点も潰しておいたほうがいい。
- 家計調査は全国平均。所得水準の低い地域では下振れする。幅を持たせて書く。
- 飲食店数は経済センサス2021年ベース。この数年の廃業を反映していない。実数はもっと少ないはずで、そう書けば1店あたりの数字は上がる。
- 住民基本台帳と国勢調査では人口も世帯数も定義が違う。混ぜて使うと突っ込まれる。人口ベースで統一するのが安全。
上限を外す方法は、3つしかない
売上の上限が「人口 × 支出 × シェア」で決まるなら、上限を超える方法も自動的に決まる。
ひとつ、単価を上げる。同じ客数で天井を上げる。ただし単価を上げると来店頻度が落ちるので、実際には客層を入れ替える作業になる。
ふたつ、商圏の外に客を持つ。通販、卸、企業向け。店の外に売上の柱を立てる。糸島がやっているのは、これを「観光」という形でやっているだけの話だ。
みっつ、季節を分けて設計する。年間平均で回そうとせず、稼ぐ季節と畳む季節を最初から分ける。仙北型で生き残っている店は、だいたいこれをやっている。
これは夢を否定する話ではない。あの店が持っていたものが何だったのかがわかった、というだけの話だ。福岡市160万人という背景が要るなら、秋田では別の形でそれを用意すればいい。用意する方法は、上に3つ書いた。
用意せずに出した店が、3年で消える。出す前に、電卓を叩いてほしい。データは全部無料で、たぶん1時間で終わる。
憧れの写真は、天神から30分の場所で撮られていた。
海が見えることは、事業計画の一行にもならない。
出典:総務省統計局「統計でみる市区町村のすがた2026」/総務省統計局「家計調査 2024年・2025年平均」/秋田県「令和6年 秋田県観光統計」/大仙市「住民基本台帳人口」/糸島市の統計資料および観光動態調査/経済産業省RESAS「地域ビジネス環境分析」/総務省・経済産業省「令和3年経済センサス-活動調査」/大曲の花火および角館の桜まつりに関する公表資料および各報道。イラスト・グラフはいずれも本記事のための描き下ろし。