グローブを配って、試合はない
連載 地方の土台 / 第3回
グローブを配って、
試合はない
起業支援も、ファンドも、土台はつくれない。悪いからではなく、順番が逆だから。
地方の土台をつくろう、という話をすると、着地点はだいたい2つに絞られる。ひとつが起業支援。創業補助金、インキュベーション施設、ビジネスプランコンテスト、創業塾。もうひとつがファンドだ。地域活性化ファンド、地方創生ファンド、官民ファンド。新しい会社が生まれ、そこに投資マネーが入れば、雇用も賃金も上がるはずだ、と。
結論から言うと、あれで土台はできない。理由を、野球で説明する。
グローブとバットは配られる
いまの起業支援がやっているのは、グローブとバットを配ることだ。補助金が出る。オフィスが安く借りられる。専門家に相談できる。ピッチイベントで発表の場ももらえる。道具は、けっこう充実している。
問題はその先だ。
球場がない。リーグ戦がない。審判もいない。コーチもいないし、対戦相手も探さないと見つからない。それでも「さあ試合だ、頑張れ」と背中を押される。
野球が上手くなるのは、道具をもらったからじゃない。試合数を積んだからだ。週末ごとに公式戦があって、負けても来週があって、記録が残って、上手いやつと下手なやつが可視化されて、そこで初めて実力がつく。テニスでも同じで、大会がいくつもあるから強くなる。年に一回しか試合がなければ、どれだけ良いラケットを持っていても伸びない。
地方の起業がまさにこれで、試行回数が絶望的に少ない。取引先の母数が少ないから商談の打席が立たない。同業も少ないから比較して学べない。そして最悪なのは、一度負けたときの扱いだ。個人保証で借金が残り、地元では「あそこは潰した」という話が10年残る。次の打席がない。
つまり地方の起業は、一発勝負のトーナメントを、練習試合ゼロで戦わされているようなものだ。それで「チャレンジしやすい環境をつくりました」と言うのは、正直、無責任だと思う。
数字でも、そうなっている
感覚の話だけだと弱いので、数字を出す。全国レベルの開業率と廃業率だ。
厚生労働省「雇用保険事業年報」をもとに中小企業庁が算出。2025年版中小企業白書。
同じである。生まれる数と消える数が釣り合っている。件数を増やしても、純増していない。バケツに水を注ぎながら、同じ量が底から漏れている状態だ。
中身を見ると、もう少し具体的になる。倒産件数を従業員規模別に見ると、大半が4人以下。そして新規開業で構成比が最も伸びた業種は、宿泊業・飲食サービス業だった。
この業種が悪いという話ではまったくない。ただ、地域の賃金水準を押し上げる力という点では、いちばん厳しい領域ではある。小さく生まれて、小さく消える。それを毎年繰り返している。
成功例をちゃんと見ると、順番が逆だと分かる
ここで反論が来る。西粟倉村があるじゃないか、と。
岡山県西粟倉村。人口約1,300人の村に、約50社のローカルベンチャーが生まれた。売上は合計で20億円ほど。人口自体は減っているが、納税者数は7%、課税所得の平均は9%伸びた。社人研の推計では1,200人まで減るはずだったのが、移住者の流入で1,318人を維持している。まぎれもない成功例だ。
ただ、この村がやったことの順番を見てほしい。
西粟倉村がやった順番
起業支援が始まったのは2015年である。その7年前に、村は産業の柱を決めて、事業を積み上げていた。土台をつくってから、その上で起業支援をやった。順番が完全に逆なのだ。
多くの自治体がやっているのは、この2015年の部分だけを切り取ってコピーすることだ。ローカルベンチャースクールをやれば西粟倉になれる、と。ならない。木を植えていない村で、木こりを募集しているようなものだから。
当事者本人が、限界を書いている
もうひとつ引用したい。西粟倉のローカルベンチャーを牽引した牧大介氏が、国の会議に出した資料にこう書いている。創業間もないローカルベンチャーは黒字転換するまで銀行融資を受けることがほぼ不可能で、そのため小ぶりな会社ばかりになる傾向がある、と。地域経済の牽引役となるベンチャーが出るには別の条件が要る、という趣旨だ。
いちばん成功させた人が、いちばん正確に限界を認識している。50社できても、1社あたりの売上は平均4,000万円。地域の賃金水準を動かすには、まだ足りない。
これは西粟倉の失敗ではない。起業支援という手法の、構造的な上限だ。
もうひとつの代表格、ファンドはどうか
起業支援と並んで必ず出てくるのが、ファンドである。地域金融機関と地方自治体が組んで、地域活性化ファンドを組成する。国側では地域経済活性化支援機構(REVIC)がLP出資して「呼び水」になる。実際、かながわ観光、しずおか観光、ALL信州観光、いばらき商店街、ぐんま医工連携、飛騨・高山さるぼぼ結ファンド。県単位、テーマ単位のファンドが全国に無数に並んでいる。
お金が回るなら、起業支援より一歩進んでいるように見える。ただ、ファンドには構造上、絶対に外せない条件が2つある。期限があることと、回収できることだ。
まず期限。ファンドは通常10年前後で満期を迎え、その間に投資を回収して解散する。呼び水役のREVIC自体、そもそも業務完了期限を持つ時限組織として設計されている。ところが前回まで見てきたとおり、土台づくりに10年は短い。西粟倉は構想から成果まで15年以上かけているし、今治タオルも同じくらいかかっている。ファンドの時計と、地域の時計が合っていない。
次に回収。ファンドの金は、リターンが出る先にしか行かない。ここが決定的だ。前回書いたニセコを思い出してほしい。時給2,000円を出せたのはリゾートで、人が採れずに閉鎖したのは介護事業所だった。土台にあたる仕事ほど、投資対象として成立しない。産科も、路線バスも、地元のスーパーも同じである。ファンドの金は必ず、稼げる側に流れる。それは制度の欠陥ではなく、ファンドという仕組みの定義そのものだ。
そして、成績表もあまり良くない
ここも数字を見ておく。2025年5月、会計検査院が官民ファンド18本を横断的に検査して国会に報告した。結果は、約6割が赤字。2023年度末時点の累積損失は合計1,900億円。
象徴的なのがクールジャパン機構だ。日本の生活文化を海外に売り込むという触れ込みで2013年に設立された。出資は政府1,236億円に対して民間107億円、実に9割超が国の金である。2023年度末の累積損失は397億円。その後も改善せず、2025年度決算ではさらに膨らんで3度目の計画未達となり、経済産業省が統廃合の検討に入ったと報じられている。
この機構が何をやろうとしていたか、もう一度読んでほしい。「日本の魅力を、海外に発信して売る」。第1回で書いた発信の話が、1,300億円規模で金融化されたものだった。魅力の発信という発想を、国がいちばん本気で、いちばん大きな金額で実行した結果がこれである。
誤解のないように書いておくと、地域の事業再生ファンドや承継ファンドには、確かに機能しているものがある。潰れかけた企業が再生した例も、後継者不在の会社が引き継がれた例もある。私が言いたいのは、ファンドが悪いということではない。ファンドは、すでに回るものを速く回す装置であって、回るものをゼロからつくる装置ではない、ということだ。
野球に戻すと、ファンドはスポンサーである。しかも契約期間が決まっていて、期間内に優勝しそうなチームにしか付かない。強いチームを、もっと強くする。それはそれで価値がある。ただ、リーグをつくる仕事だけは、絶対にやってくれない。
それでも、埋まらないものが残る
最後に、身も蓋もない話をひとつ。
前回書いたとおり、土台の中身には医療が含まれる。分娩を扱う病院がゼロになった町に、創業補助金を積んでも産科医は湧かない。ファンドも同じで、産科は投資回収の対象になりようがない。どちらの射程からも外れている。
賃金も同じで、行政が号令をかけても上がらない。上げられるのは、稼いだ会社だけである。
だから土台づくりの本体は、行政ではなく企業の側にある。そして必要なのは会社の「数」ではない。一社あたりが、地域の外からいくら稼いでこられるかだ。ゼロから1を100個つくるより、すでにある1を10にするほうが、雇用にも賃金にも早く効く。
地方には、技術も顧客も持っているのに、単価を上げる方法だけを知らない会社が山ほどある。そこに手を入れるほうが、新しく会社をつくるより手堅い。
これは起業支援の領分でもファンドの領分でもなく、経営の領分だ。ただ、一社だけでやっても地域は動かない。じゃあ誰がやるのか。最終回は、その話をする。
道具を配るのが起業支援だとしたら、 先につくるべきなのはリーグのほうだ。
出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書」「2024年版 小規模企業白書」/内閣官房まち・ひと・しごと創生本部 地域しごと創生会議 提出資料(株式会社森の学校ホールディングス 牧大介氏)/西粟倉村および関連事業者の公表資料・インタビュー記事/会計検査院「官民ファンドにおける業務運営の状況に関する会計検査の結果」(2025年5月国会報告)/地域経済活性化支援機構(REVIC)公表資料/日本経済新聞・東京新聞ほかの各報道。